四国で唯一山がない町。危機感と「義農精神」が拓くコンパクトシティの生存戦略
松前町(愛媛県)ーー1718ニホン探索(74/1,718)
四国最大規模の商業施設「エミフルMASAKI」
四国で唯一、山のない市町村
ひょうたん池公園のひまわり畑
全国47都道府県、1,718すべての市町村を自らの足で訪ねるプロジェクト「1718ニホン探索」。第74番目の訪問地として足を運んだのは、愛媛県松前町(まさきちょう)です。
松前町は、四国内の市町村の中で一、二を争うほど面積が小さく、そして「四国で唯一、山がない自治体」という独自の地理的特徴を持っています。自然あふれる四国において山がないというのは一見意外に思えますが、このフラットでコンパクトな地形こそが、町の歴史と発展の土台となってきました。
人口約3万人。一見すると近隣の松山市のベッドタウンという印象を受けがちですが、ここには四国最大級の集客力を誇る大型複合商業施設「エミフルMASAKI」があり、県内トップクラスの人口減少率の低さを維持しています。平成の大合併の波のなかで、なぜ松前町は単独行政の道を選び、独立独歩の発展を遂げることができたのか。そのダイナミズムを探るべく、松前町役場まちづくり課都市デザイン室のご担当者様をお訪ねしました。
訪問先のオリジナルソングを作っています。ぜひブログと共にお楽しみください。
Yo, 重信川の風を抱き 遠くの山並み 見上げ立ち上がる町 合併? いらん、この足で立つ 小さな町の でっかいプライド! 松前(まさき)スタイル、ここにあるけん! 伊予の国、歴史を刻むこの土地 義農・作兵衛の魂、今も活き 命を賭して種芋を守り抜いた その愛が育む、未来へのストーリー 江戸の昔から続く誇り高き町 伊予万年紙に描く俺らの道 小っちゃい町だと思って舐めたらあかんよ? 誇り高き血筋、ここが俺らのホーム! まさき ON MY MIND! 輝く未来 東レの煙突、夢を打ち上げたい! エミフル行ったら、みんなおるけん! 笑顔が集まる、最高のライン! (※繰り返し) まさき ON MY MIND! どこにおっても 松前のプライド、忘れんけんね! 昭和、平成、令和を駆け抜け 合併の波を突っぱねて、我が道を行け! 単独町政、選んだ覚悟 それが花開いた、見よこの発展のストーリー! 東レの工場が支える技術と街 経済のエンジン、唸りを上げろ! さらにドカンと登場!四国最大級 エミフルMASAKI、週末は人が大集結! 買物も遊びも全部ここで揃うけん 松前のポテンシャル、ハンパないぞ本当! 珍味・松前漬け、味覚のパイオニア 海と陸の恵み、広がるフロンティア 重信川の清流、恵みの水 のどかな田園と都会のカルチャーがクロス 「あそこ行ってみん?」「まっとるけんね!」 温かい方言が交わる交差点 住みやすさ四国一、誰もが胸張る この町に生まれたこと、ホンマ感謝する! まさき ON MY MIND! 輝く未来 東レの煙突、夢を打ち上げたい! エミフル行ったら、みんなおるけん! 笑顔が集まる、最高のライン! (※繰り返し) まさき ON MY MIND! どこにおっても 松前のプライド、忘れんけんね! 伊予郡松前町…… 小さくても、一番光る星。 これからもずっと、この町と歩いていくけん。 まさき、Forever.
水の恵みが生んだ「東レ」と単独独立の決断
「松前町の発展を語るうえで絶対に外せないのが『水』なんです」とご担当者様は語り始めました。
かつて伊予川と呼ばれた重信川の地下には、豊かな伏流水が流れています。松山市がたびたび激しい渇水に悩まされてきた歴史の中でも、松前町は地下水のおかげで水に困ることがなく、水道料金も安価に抑えられてきました。
この「豊かな水」という強みが、昭和初期に大きな転換点をもたらします。当時の初代町長・武智氏が先頭に立ち、大手化学メーカーである東レの工場誘致に成功したのです。基幹産業としての工業が確立されたことで、町は早期から安定した財政基盤と雇用を手に入れることになりました。
そして時代が下り、平成の大合併。近隣の市町との合併協議が進む中、松前町は最終的に自立した自治体として「単独で歩む」決断を下します。
「単独で生き残るという選択は、大きな危機感と隣り合わせでした。だからこそ、生き残り戦略としての誘致活動が加速したのです」
その危機感が結実したのが、2008年の「エミフルMASAKI」の開業でした。行政と企業がタッグを組み、都市計画やインフラ整備を徹底的にバックアップした結果、四国全域から人が集まる商業の拠点が誕生しました。農業(裸麦など)、工業(東レ)、商業(エミフル)が見事なバランスで調和した構造——これこそが、松前町が持つたくましさの正体だったのです。
東レ愛媛工場
塩屋海岸
ひょうたん池公園
歴史の「魂」を次世代へつなぐ義農公園プロジェクト
対談の後半、話題は「義農(ぎのう)公園」の再整備プロジェクトへと及びました。
松前町には、江戸時代の享保の大飢饉の際、自らの命を犠牲にしてでも翌年のための麦種を守り抜いた「義農作兵衛(ぎのうさくべえ)」という偉人がいます。彼の「自己犠牲と他者への貢献(義農精神)」は、今も町の精神的な支柱です。
現在、この義農公園では地下に大規模な雨水貯留施設を建設する巨大な防災工事が進められています。工事完了後、地上には3on3のバスケットボールコートや創業支援施設「チャレンジキッチン」、管理棟などが新たに整備される予定です。
「単なる避難場所としてではなく、発災後の生活支援空間としても機能させたい。そして何より、エミフルに象徴される新しい松前町の裏側にある、町本来の歴史や『義農精神』を次世代に繋ぐ場所にしたいんです」
公園に隣接する「義農神社」が現在管理者不在という課題を抱える中、政教分離の観点から行政が直接手を差し伸べられないもどかしさもあります。しかし、この公園整備を契機に、地域住民が自発的にボランティアで歴史的空間を守り育てる機運が高まることを期待していると、ご担当者様は熱く語ってくれました。
インタビュー後、私は建設が進む義農公園の工事現場から、老朽化しながらも静かに佇む義農神社、遠くに煙突を望む東レの工場、そして賑わうエミフルMASAKI、澄み切った塩屋海岸へと足を運びました。
小さな町の中に、先人の遺した「誇り」と、時代を生き抜く「戦略」が凝縮されている。アメリカ留学時代、そしてかつての西日本全域での営業時代に、日本の地方の底力に感動し、地方創生を志した私自身の原点を、改めて強く刺激される取材となりました。
松前の偉人「義農作兵衛」
義農神社
エミフルMASAKIの飲食店街
松前町の情報まとめ
愛媛県の推薦中予地方に位置する、人口約3万人の町。四国で唯一山がなく、四国一の狭い面積ながら、松山市に隣接する利便性と豊かな地下水資源を生かして独自の発展を遂げてきた。歴史的には義農作兵衛の伝承が残る「義農精神」の町であり、現在は農業・工業・商業のバランスが取れた住みやすいコンパクトシティとして知られる。
産業: 東レ愛媛工場を中心とする製造業(工業)、特産の裸麦やレタスなどを育てる農業、そして「エミフルMASAKI」を中心とした大規模商業が調和している。
文化・観光: 義農作兵衛を祀る「義農神社」や「義農公園」、かつて軍事拠点であった「松前城跡(津々井)」の歴史がある。海岸線には塩屋海岸などの美しいビーチが広がる。
グルメ: 伝統の「義農味噌」や、全国有数の生産量を誇る裸麦を使用した加工品、伊予灘の新鮮な海産物などが親しまれている。
今回お話を伺った方
松前町役場 まちづくり課 都市デザイン室 御担当者様 松前町出身。町の歴史的文脈や地域資源の文脈を深く理解し、現在は「義農公園」の再整備プロジェクトをはじめとする都市計画・防災・まちづくり事業の現場最前線で活躍している。
筆者プロフィール
福本 拓元(ふくもと たくゆき) 株式会社ニホンノチカラ 代表取締役。1975年愛媛県生まれ。18歳で渡米し、異文化の中で「日本の価値」を再認識。帰国後、株式会社ユーグレナの創業に参画し、取締役として東証一部(現プライム)上場に貢献。「ミドリムシで地球を救う」活動に20年捧げた後、2025年、原点である地方創生を目指し「ニホンノチカラ」を創業。全国1,718市町村を巡り、地方の宝を発掘する「1718ニホン探索」を継続中。











