最年少町長が描く「スマートシュリンク」と伝統産業の未来。

砥部町(愛媛県)ーー1718ニホン探索(72/1,718)

県内最年少の31歳で町長に就任した古谷崇洋氏。

来年250周年を迎える「砥部焼」

えひめこどもの城から眺める街の景色

全国1,718の市町村を自らの足で巡り、地域の「隠れた宝」と課題を発掘する「1718ニホン探索」プロジェクト。72番目の訪問地として訪れたのは、私の故郷でもある愛媛県の中央部に位置する砥部町(とべちょう)です。

砥部町は県都・松山市の南側に隣接し、自然豊かな住環境からベッドタウンとして発展してきた町です。同時に、江戸時代から続く伝統工芸「砥部焼」の産地としても全国的に知られています。

今回対談させていただいたのは、2025年1月に31歳の若さで就任された、砥部町史上最年少の古谷崇洋(ふるたに たかひろ)町長です。高校時代から「将来、生まれ育った砥部町の町長になる」という強い志を抱き、アナウンサーや自治体向けITコンサルタントとしてキャリアを愚直に逆算して積み重ねてこられた経歴をお持ちです。

対談を通じて強く感じたのは、若き首長としてのクリーンな志と、「たとえ嫌われてでも、未来の砥部町のためにやるべきことをやり切る」という確固たる覚悟でした。

訪問先のオリジナルソングを作っています。ぜひブログと共にお楽しみください。

青と白の描く未来(あす)へ
風が運ぶ ぬくもりの声

YO, Listen up...
皿ヶ嶺(さらがみね)の嶺 抱かれたTown
砥部町から掲げるぜ このCrown!
砥石(といし)の欠片から 始まったストーリー
砥部焼の歴史は 250年のGlory
砥部川のせせらぎ 吹き抜ける窯元(かまもと)
職人の手元 宿る情熱の炎(ほのお)
ポッテリと分厚い 白磁の器
呉須(ごす)の濃淡(のうたん) 描き出す幾重
唐草模様(からくさもよう)は 伝統の証(あかし)
生活に溶け込み 暮らしを照らし
冷めやせぬ熱意 受け継ぐスピリット
丈夫で長持ち 限界はねぇLimit
伝統と革新 交わるこの場所
歴史を紡いで さあ次へと行こう!

砥部のまちで 笑顔重なる
唐草の線みたいに どこまでも伸びてゆく
おいでよ 砥部へ ぬくもりの場所
今日も明日も ここで生きてゆく

Yeah, どんな時も ここがHome
愛する人と 歩むZone

休日は家族で とべ動物園!
ピース(※ホッキョクグマ)に会いに行こう 笑顔の連鎖
えひめこどもの城 飛び跳ねるKids
緑あふれてさ 毎日がGift

食の宝庫だぜ 味わう食卓
七折小梅(ななおりこうめ)の 甘酸っぱい誘惑
砥部とべ七折 梅酒で乾杯
自然の恵みなら 間違いなく大解(ダイカイ)!

松山(市内)アクセスも バッチリなBedtown
子育て支援も 手厚くて安心
「ほうよ、砥部は住みやすいけん」
「みんな優しいけん、おいでや」って言えるんよ

砥部のまちで 笑顔重なる
唐草の線みたいに どこまでも伸びてゆく
おいでよ 砥部へ ぬくもりの場所
今日も明日も ここで生きてゆく

Yeah, どんな時も ここがHome
愛する人と 歩むZone

ついに巡ってきた 250周年のYear!
歴史の重み噛み締め 叫ぶぜ Cheer!

「なんもしとらんかったら、置いていかれるけんね」
「砥部のええとこ、いっぱい知ってほしいんよ」
器を交わして 食卓を囲む
ぬくもりあふれる 暮らしがここに馴染む

「来とうみや(おいでよ)、砥部町へ!」

砥部のまちで 笑顔重なる
唐草の線みたいに どこまでも伸びてゆく
おいでよ 砥部へ ぬくもりの場所
今日も明日も ここで生きてゆく

Yeah, どんな時も ここがHome
愛する人と 歩むZone

重厚な白磁に 刻んだ歴史
俺たちの誇り 愛媛の宝

ずっとずっと 大切にするけんね
砥部の風に乗せて アリガトウ

T-O-B-E, 砥部Town...

現実を隠さない「オープンな行政」と「スマートシュリンク」

地方自治体が直面している人口減少と財政難という現実は、もはや避けて通ることはできません。砥部町も例外ではなく、人口2万人を切る中で厳しい舵取りが求められています。その中で古谷町長が就任以来、愚直に推進されているのが「オープンな行政」です。

広報誌などで「町の貯金がこれだけ減っている」という赤裸々な事実を町民へ公表したところ、翌月には町民から「何か自分にできることはないか」と前向きな申し出があったそうです。課題を包み隠さず共有することで、住民一人ひとりが地域問題を「自分事」として捉え直すきっかけが生まれています。

さらにこの透明性は、役場職員の意識改革にも大きな変化をもたらしました。情報をオープンにすることで職員自身が自発的に予算編成の無駄を見直し、縦割り組織を超えた最適化を図るようになったと言います。

「これからの首長は、右肩上がりの時代につくられた施設や組織の規模を賢く縮小(スマートシュリンク)させるため、何かをやめる決断を下さなければならない。つまり、嫌われる役割を引き受ける必要がある」

そう語る古谷町長の言葉には、政治家という立場に固執せず、先送りされてきた課題を自分の代で解決するという強い決意が滲み出ていました。

250周年を迎える砥部焼を世界(外需)へ解き放つ

砥部町の誇る一大産業といえば、江戸時代中期の大洲藩時代に芽吹き、2026年に節目を迎える伝統工芸「砥部焼」です。現在も町内には約100軒もの窯元が集積しています。

来年に控える「砥部焼250周年」に向け、古谷町長は東京藝術大学との連携による価値の再評価、オープンファクトリー(工場見学)の推進、歴史の編纂など、次の50年を見据えた施策を準備されています。

私自身、現在の「ニホンノチカラ」の取り組みを通じ、日本の伝統工芸には世界を惹きつける圧倒的なポテンシャルがあると確信しています。約100軒の窯元が独自の個性を保ちながら共存している多様性は、砥部町の大きな強みです。

四国や国内市場だけに留まらず、欧米豪や中東などの高付加価値を認める海外市場(外需)へ向けたブランディングを行うこと。そして、ヨーロッパのハイブランドと組む西陣織の事例のように、行政が民間活力の活きる「枠組み」を提供し、公民連携で世界へ挑むことの重要性を古谷町長と熱く語り合いました。

私にも11歳になる娘がいます。自分たちの世代だけでなく、子どもたちが生きていく50年、100年後の未来のために、今あるリソースで最大限の成果を出す「ベンチャーマインド」を持って持続可能な社会構造を整えること。地元愛媛の発展に向け、今後も知恵とネットワークを共有しながら連携していくことを固く約束しました。

砥部焼観光センター 炎の里

砥部焼伝統産業会館で開催中の「砥部焼まどんな展」

Jリーグ愛媛FCのホームスタジアム「ニンジニアスタジアム」

えひめこどもの城

砥部町の情報まとめ

愛媛県の中央部に位置し、県都・松山市に隣接する人口約2万人の町。重信川の恵みを受けた自然豊かな環境と、松山市のベッドタウンとしての高い利便性を兼ね備えます。江戸時代中期(1777年)に始まった伝統工芸品「砥部焼」の郷として全国的に知られ、豊かな手仕事の文化が今も町全体に息づいています。

産業: 白磁に呉須(ごす)の濃淡で描かれた藍色の模様が特徴的な「砥部焼」の生産が最大の基幹産業で、町内に約100の窯元が集積しています。農業では柑橘類のほか、希少な特産品「七折小梅(ななおれこうめ)」の栽培が盛んです。

文化・観光: 西日本有数の規模を誇る「愛媛県立とべ動物園」や「愛媛県運動公園」、絵本の世界を楽しめる「えひめこどもの城」が集積し、家族連れで賑わいます。砥部焼の絵付け体験ができる「砥部焼伝統産業会館」や「陶芸館」も人気スポットです。

グルメ: 砥部焼の分厚く温かみのある器でいただく「砥部焼うどん」や、品質の高さから“青いダイヤ”と称される「七折小梅」を使った梅干し・梅シロップなどの加工品が名物です。

今回お話を伺った方

古谷 崇洋(ふるたに たかひろ)氏 愛媛県砥部町長。1991年生まれ。高校時代から首長を志し、大学卒業後は地元の民放局でアナウンサーとして活躍。その後、行政経験の不足を補うため東京のITコンサルティング企業にてスマートシティ事業等に従事。2025年1月、砥部町史上最年少(当時31歳)で町長に就任。「オープンな行政」を掲げ、町政改革に取り組む。

筆者プロフィール

福本 拓元(ふくもと たくゆき) 株式会社ニホンノチカラ 代表取締役。1975年愛媛県生まれ。18歳で渡米し、異文化の中で「日本の価値」を再認識。帰国後、株式会社ユーグレナの創業に参画し、取締役として東証一部(現プライム)上場に貢献。「ミドリムシで地球を救う」活動に20年捧げた後、2025年、原点である地方創生を目指し「ニホンノチカラ」を創業。全国1,718市町村を巡り、地方の宝を発掘する「1718ニホン探索」を継続中。