震災を乗り越え、伝統の絆を守り抜く「相馬野馬追」の精神に触れて
相馬市(福島県)ーー1718ニホン探索(42/1,718)
市役所付近には、黒瓦で統一された施設が集積。写真は、「相馬市歴史資料収蔵館(左)」、「相馬市郷土蔵(右)」
福島県北部に位置する相馬市。かつて中村藩の城下町として栄えたこの地を訪れると、歴史の重みを感じさせてくれる施設や黒瓦の建物の多さにまず驚かされました。今回、私は相馬市役所の商工観光課を訪ね、ご担当者様にお話を伺いました。そこには、震災という未曾有の困難を乗り越え、なおも強く息づく「相馬の誇り」がありました。
訪問先のオリジナルソングを作っています。ぜひブログと共にお楽しみください。
Yo, check 1-2. 0244 Area code. 浜通り、相馬の風が吹き抜ける。 伝統と再生、俺らのアイデンティティ。 準備はいいか? ぶちかますぜ。 朝もやの松川浦、水面がキラり 震災越えて繋ぐ、この場所が光 「復興」なんて言葉じゃ足りねえ歩み 磯の香りと共に、一歩ずつ進み 大洲海岸、真っ直ぐな道 カモメが導く、俺たちの未知 昔から変わんねえ、この景色 胸に刻み込む、最高なワンシーン 「おだづなよ」って笑う、親父の背中 「んだんだ」って頷く、母ちゃんの温か 言葉はぶっきらぼう、でも愛は深く 相馬の血が騒ぐ、夜が明けるまで熱く 相馬、相馬、誇りをその手に 1000年の歴史を、明日へ繋ぎに 「よろっと行かっか」 蒼き風に乗って 俺らの誇り(Pride)、この街で歌って 相馬、相馬、心は一つに 野馬追の勇姿、永遠の記憶に 夏が来りゃ、体温は最高潮 雲雀ヶ原、見上げる空は青 五つの郷、集う武者たちの群れ 御神旗奪い合う、命を懸け 先祖代々、受け継ぐこの「魂」 旗指物揺らし、響く螺(ホラ)の音(ね) 螺が鳴りゃ、勝負の合図だ 相馬野馬追、これが俺らのライフだ お膳に並ぶは、新鮮な「常磐もの」 カレイにメヒカリ、食えばわかるっしょ 「うめえなぁ、これ」 箸が止まんねえ この土地の恵み、誰にも譲らねえ 辛い時もあった、流した涙 でもこの街は、決して折れはしねえ 「さすけねぇ」って支え合い、手を取り合って 俺たちの物語、ここからが本番 Yeah... 相馬、最高だべ? いつまでも、この場所で。 おらほの街、相馬。 Peace.
数百年以上続く「軍事訓練」の記憶
相馬といえば、真っ先に思い浮かぶのが「相馬野馬追(そうまのまおい)」です。国の重要無形民俗文化財にも指定されているこの祭りは、実は千年以上の歴史を誇ります。「元々は平将門公が、原野に放した馬を敵軍に見立てて軍事訓練を行ったのが始まりと言われています」と市のご担当者は教えてくれました。
驚くべきは、2011年の東日本大震災の後も、この祭りが途切れることなく続けられてきたことです。甚大な被害を受けた地域でありながら、馬を追い、旗を奪い合うその勇壮な姿は、復興に向けた地域住民の心の支えとなってきました。南相馬市とも連動し、旧中村藩の領地という広域で展開されるこの祭りは、単なるイベントではなく、この地に生きる人々のDNAに刻まれた神事なのだと強く感じました。
旧中村藩は相馬氏が長年に渡り(1180年~明治迄)に渡り城主として治めてきた。城内(堀之内)には、相馬氏にゆかりが深い「相馬中村神社」などが残っています。
松川浦の再生と、新たな「スポーツツーリズム」への挑戦
相馬の観光の柱といえば、もう一つは「松川浦」です。日本百景にも選ばれたこの美しい潟湖は、震災の津波で大きな被害を受けました。かつての旅館街も2〜3メートルの浸水に見舞われましたが、現在は約20〜30軒の宿が再建し、宿泊客を迎え入れています。
「最近は、かつての風景を取り戻すだけでなく、新しい動きも出ています」と担当者が語るように、震災後は「スポーツツーリズム」への注力も目立ちます。楽天野球団やサッカー協会からの支援を受け、海沿いのエリアには立派なスポーツ施設が整備されています。仙台からのアクセスも良好なため、合宿や大会の誘致が進み、観光とは異なる文脈で新たな交流人口が生まれているのです。
松川浦の静かな水面を眺めていると、養殖用の棒が整然と並んでいるのが見えました。これは相馬名産の「あおさのり(ヒトエグサ)」の養殖設備だそうです。豊かな海の幸と、城下町の情緒。それらが少しずつ、しかし着実に日常を取り戻している様子に、私は深い感銘を受けました。
「松川浦」は日本百景にも選ばれている美しい景勝地。
地方の「力」を再編集し、世界へ
アメリカ留学時代、私は日本の価値が世界に誇れるものであると確信しました。そして今、相馬の地で、千年前の伝統を守りながら、現代のスポーツ文化を取り入れて再生しようとする力強い姿を見て、改めて「ニホンノチカラ」の可能性を実感しています。
中村城跡(現在は神社や公園)の入り口に立つ江戸時代からの「大手一の門」を見上げながら、私は誓いました。このような、地域に眠る歴史的背景と現代の熱意を掛け合わせ、もっと多くの人に、そして世界に届けていきたい。相馬の風は、力強く私の背中を押してくれました。
松川浦の外側にある「大洲海岸」
「浜の駅 松川浦」
地元の海産物、農産物が販売されている「浜の駅 松川浦」
相馬市の情報まとめ
福島県浜通りの北部に位置する、人口約3.3万人の都市。古くから相馬氏の本拠地・中村藩の城下町として栄え、現在もその歴史的風情が色濃く残る。東日本大震災では甚大な津波被害を受けたが、松川浦を中心に復興が進んでいる。
産業: 漁業が盛んで、特に「松川浦のあおさのり」は全国的にも高い評価を得ている。農業ではイチゴや梨の栽培も盛ん。近年はスポーツ施設の整備により、合宿などのスポーツ誘致も重要な産業の柱となりつつある。
文化・観光: 世界最大の馬の祭典とも称される「相馬野馬追」は、千年前の軍事訓練を起源とする。日本百景の「松川浦」は、美しい景観と海の幸を楽しめる風光明媚な景勝地。中村城址(相馬中村神社)は国の史跡に指定されている。
グルメ: 松川浦で獲れる新鮮な魚介類が主役。特にヒラメやメヒカリのほか、特産品のあおさを用いた料理が名物。冬場のアンコウやトラフグなども人気が高い。
今回お話を伺った方
相馬市役所 商工観光課 御担当者様 相馬市の観光振興を担う。震災後の観光客減少という課題に対し、伝統的な「相馬野馬追」や「松川浦」の魅力発信に加え、外部団体の支援を活かしたスポーツ施設整備やスポーツ合宿の誘致など、新たな視点での地域活性化に取り組んでいる。
筆者プロフィール
福本 拓元(ふくもと たくゆき) 株式会社ニホンノチカラ 代表取締役。1975年愛媛県生まれ。18歳で渡米し、異文化の中で「日本の価値」を再認識。帰国後、株式会社ユーグレナの創業に参画し、取締役として東証一部(現プライム)上場に貢献。「ミドリムシで地球を救う」活動に20年捧げた後、2025年、原点である地方創生を目指し「ニホンノチカラ」を創業。全国1,718市町村を巡り、地方の宝を発掘する「1718ニホン探索」を継続中。













