東京から1時間のオーシャンビュー、ポテンシャルの塊「千葉県富津市」で見据える、これからの観光とインバウンド戦略
富津市(千葉県)ーー1718ニホン探索(49/1,718)
鋸山の「地獄のぞき」
「1718ニホン探索」プロジェクト、49番目の訪問地として私が向かったのは、房総半島の内房に位置する千葉県富津市(ふっつし)です。
私にとって富津市は、実はプライベートでもゴルフや娘との遊びなどで非常によく訪れる、馴染み深いお気に入りのエリアの一つです。今回は、富津市役所の商工観光課観光係のご担当者様を訪ね、地域の持つ圧倒的な観光資源のポテンシャルと、一方で地方都市が共通して抱える移動手段の課題、そして未来のインバウンド戦略について語り合ってきました。
訪問先のオリジナルソングを作っています。ぜひブログと共にお楽しみください。
Yo、房総の最前線。青い海と緑の山。 どこ行くの?って聞かれたら、決まってんだっぺ。 富津(F-U-T-T-S-U)!Here we go! 東京湾のアイランド、突き出る岬 最先端の展望台(明治百年記念展望塔)、風を切り裂き 「おみゃあ、どこから来たんだ?」って 海の向こう、三浦半島まで見渡せるワンダー 俺らの日常は、波の音とシンクロ 黄金(こがね)に輝くアジ(黄金アジ)を一本釣り、ビンゴ! 竹岡のラーメン(竹岡式)、真っ黒なスープ 刻みタマネギが、俺らのルーツ ちょっと待ってよ、女子のターンも忘れちゃ困る マザー牧場で、モフモフの羊とホタル 春はイチゴ狩り、甘くて「うんめぇ」 恋人の聖地(富津岬)、あいつと行きてぇ 鋸山(のこぎりやま)の地獄のぞき、スリル満点 でも、地元の人の優しさは満点 海苔の養殖(江戸前海苔)、香る磯の風味 この街に生まれた奇跡、まじ感謝の極み ずっと、もっと、ここが富津! 青い海が広がる、俺らのルーツ 「おんね(私の家)」も「おんぬ(あなたの家)」も関係ねぇ みんな集まれば、ほら「あんごう(バカ)」じゃねぇ 誇り高く(Hey!) 波に乗って(Ho!) 富津の風が、明日へ背中を押すんだ(Let's go!) 腹が減ったら、はかりめ丼(穴子)だっぺ! ふっくらタレが染みて、箸が止まんねぇ 「あお(青あざ)」作ったって、気にするなよ少年 海辺の夕日は、世界一の情景 富津埋立記念館、歴史をリスペクト 新旧のカルチャー、バチっとアスペクト 「だもんで」休日は、潮干狩り(アサリ)へGO バケツいっぱいの恵み、笑顔が溢れっぞ 都会の喧騒に、少し疲れたら アクアラインを渡って、おいでよ、いつでも 潮風が優しく、包み込んでくれるから 「おんね(私)」の大好きな、この場所で待ってる ずっと、もっと、ここが富津! 青い海が広がる、俺らのルーツ 「おんね」も「おんぬ」も関係ねぇ みんな集まれば、ほら「あんごう」じゃねぇ 誇り高く(Hey!) 波に乗って(Ho!) 富津の風が、明日へ背中を押すんだ(Let's go!) 富津の夜空、星が降る。 マザー牧場のイルミネーションみたく、キラキラと。 「また来なよ」って、心が言うっぺ。 江戸前の海よ、永遠に。 Peace Out. 富津 City...
東京から最も近い、昼も夜も美しい「奇跡のオーシャンビュー」
車を走らせ、アクアラインを渡れば東京からわずか1時間。富津市に一歩足を踏み入れると、そこには息をのむような美しい海の景色が広がっています。 千葉県内には数多くのゴルフ場がありますが、その多くは山林に囲まれた「山林ビュー」です。しかし、富津の高台にあるゴルフ場からは、目の前に広がる広大な海を見下ろしながらプレーができる。この開放感は、他ではなかなか味わえません。
ご担当者様とお話しする中で、特に共感したのが富津の「景観資源」の強みです。 内房に位置する富津市からは、東京湾の向こうに富士山がくっきりと見えます。夕方になれば、富士山の近くにゆっくりと太陽が沈んでいく感動的な夕日を眺めることができ、夜になれば対岸の東京や横浜、そして木更津周辺のきらびやかな夜景が海越しに広がります。
「昼は青い海、夕方は富士山と夕日、夜は対岸の美しい夜景。これらがすべて特等席で楽しめるのが富津の強みなんです」
そう語るご担当者様の言葉通り、この圧倒的なロケーションに魅了された東京の富裕層などが、近年、竹岡から金谷、上総湊から金谷にかけた海沿いのエリアにプール付きの豪華な別荘を次々と建設しているそうです。まさに、現代の洗練された「別荘地・リゾート地」としての地位を確立しつつあります。
富津から見る富士山
東京ベイサイドゴルフコースから見る景観
「一極集中」の打破と、二次交通という地方共通の壁
しかし、これほどの魅力がありながらも、地域経済への波及という点では課題も見えてきました。 週末には多くのゴルフ客や別荘利用者が訪れるものの、平日になると街は一転して閑散とする傾向にあります。また、高速道路のインターチェンジが市街地や観光スポットと非常に近いため、ゴルフや特定の目的地を終えた観光客が、市内で食事や買い物をせずにそのまま高速道路に乗って帰ってしまう「一極集中」が起きているのです。
さらに、今後さらに重要度を増すインバウンド(訪日外国人観光客)の受け入れにおいても、移動手段、いわゆる「二次交通」の課題が浮き彫りになっています。
現在、富津市を訪れる外国人観光客の多くは、欧米系を中心に、千葉県内でも有数の観光地である「鋸山(のこぎりやま)」を目指してやってきます。彼らは主に電車を利用し、駅から徒歩やロープウェイを使って山頂を目指します。 ただ、現在のインバウンド客の動線は「鋸山を観光して、そのまま電車で東京方面へ戻る」というルートが主流。富津市内にはレンタカーの店舗がなく(隣の君津市まで行く必要がある)、公共交通機関だけでは、市内に点在する魅力的なローカルスポットや美味しい地元の飲食店を巡ることが極めて難しいのが現状です。
私は、10代でのアメリカ留学時代に日本の価値を客観的に見つめ直し、帰国後は全国を車で回りながら地方の可能性を肌で感じてきました。政府が「2030年にインバウンド6,000万人」という高い目標を掲げる中で、大都市圏のオーバーツーリズムを分散し、真の日本らしさを体験してもらうためには、こうした富津市のようなポテンシャルのある地方都市に、いかにスムーズに足を運んでもらうかが鍵になります。車での移動や、地域内をシームレスに結ぶ新たな移動手段の構築が、今後のファン・リピーター獲得の戦略的境界線になるはずです。
鋸山の「百尺観音」
マザー牧場の花畑
東京湾金谷港に隣接する「the fish」
新たな誇り、国指定史跡となった「古墳群」の未来
今回の訪問で、私がどうしても注目したかったのが、富津市が誇る歴史的遺産です。 実は富津市は、非常に立派な古墳が異常なほど密集している地域でもあります。昨年(2025年)、代表的な「内裏塚(だいりづか)古墳」をはじめとする古墳群が、一つの「群」として正式に国の史跡指定を受けました。
なぜ、この場所にこれほど多くの巨大な前方後円墳が作られたのか。 歴史を紐解くと、古墳時代には現在のJR内房線の線路がある辺りまで海が迫っていたと考えられています。つまり、当時の富津は海岸線のすぐ目の前。対岸(現在の東京・神奈川側)から海を渡ってくる人々に対して、「この地には、これほど豊かな国と、強大な権力を持った王がいるのだぞ」と誇示するために、あえて海からよく見えるこの場所に立派な古墳を築いたのでしょうか。
時を超え、かつて海の向こうに力を誇示した場所が、現代では東京から癒やしを求めて人々がやってくるリゾート地となり、世界中から観光客が集まる場所になろうとしている。歴史のロマンを感じずにはいられません。
現在、案内看板などの整備は進められているものの、観光客が日常的に回遊できるような受け入れ体制の構築はこれからだと言います。
富津市には、世界に誇れる「絶景」「歴史」「食」の資源がありすぎるほど揃っています。これらを点から線へと結びつけ、国内外の多くの人々に届けていくこと。それこそが、私たちが目指す「地方発!日本再生」の形です。富津市のこれからの発展、進化をリピーターの一人として心から楽しみにしています。
内裏塚(だいりづか)古墳
富津市の情報まとめ
千葉県の南部に位置し、東京湾に面した房総半島の内房エリアにある、人口約3.2万人の都市。穏やかな気候と、海と山が織りなす豊かな自然に恵まれており、対岸に富士山や東京都心の夜景を望む極上の景観から、近年は都心からのアクセスが良い別荘地・リゾート地としても人気を集めています。また、日本最大級の前方後円墳である内裏塚古墳をはじめとする膨大な数の古墳群が存在し、2025年には国の史跡に指定されるなど、豊かな歴史的背景を持つ街でもあります。
産業: 沿岸部での「のり養殖」や漁業が盛んなほか、温暖な気候を活かした農業が展開されています。また、臨海部には工業地帯も有しています。
文化・観光: むき出しの岩肌が特徴的な「鋸山(地獄のぞき・ラピュタの壁)」、広大な敷地で動物と触れ合える「マザー牧場」など、県内有数の観光スポットを擁します。
グルメ: 東京湾の豊かな恵みである「江戸前すし」や新鮮な地魚、富津発祥の「はかりめ丼(アナゴ丼)」、地元で愛される「竹岡式ラーメン」などが有名です。
今回お話を伺った方
富津市役所 商工観光課 観光係 ご担当者様 富津市の観光振興の最前線に立ち、地域の豊かな自然、歴史的遺産、そして最先端のリゾート需要のバランスを取りながら、観光誘客と地域活性化に奔走。近年国指定史跡となった古墳群の魅力発信や、インバウンド誘致に向けた課題解決に真摯に取り組まれています。
筆者プロフィール
福本 拓元(ふくもと たくゆき) 株式会社ニホンノチカラ 代表取締役。1975年愛媛県生まれ。18歳で渡米し、異文化の中で「日本の価値」を再認識。帰国後、株式会社ユーグレナの創業に参画し、取締役として東証一部(現プライム)上場に貢献。「ミドリムシで地球を救う」活動に20年捧げた後、2025年、原点である地方創生を目指し「ニホンノチカラ」を創業。全国1,718市町村を巡り、地方の宝を発掘する「1718ニホン探索」を継続中。










