誇り高き日本一の漁業の街。焼津が守る「海の宝」と水産業の未来

焼津市(静岡県)ーー1718ニホン探索(47/1,718)

焼津のイメージキャラクター「やいちゃん」(カツオ)

心地よい潮風が吹く焼津港に降り立った時、私の胸には静かな興奮が満ちていました。全国1,718の市町村を巡る「1718ニホン探索」の旅。今回は、名実ともに日本一の漁業の街として知られる静岡県焼津市への訪問です。

今回お話を伺ったのは、焼津市役所の水産振興課で日々現場を支えるご担当者様。ご挨拶の際、名刺や街のあちこちに見えるカツオをモチーフにした可愛いキャラクター「やいちゃん」に目を留めると、担当者は嬉しそうに微笑みながらも、言葉の端々に「日本一の漁業の街」としての強いプライドと責任感を滲ませてくださいました。

訪問先のオリジナルソングを作っています。ぜひブログと共にお楽しみください。

Yeah, Yeah... 駿河湾から吹き込む向かい風
日本一の港町、誇り高く胸に掲げ
焼津、ここが俺たちのフッド(地元)。準備はいいか?
Here we go, だら!!

午前4時 けたたましく鳴るアラーム 
男たちが集う ここは戦場(グラウンド) 
焼津港、小川(こがわ)港 飛び交う怒号と活気 
カツオにマグロ 水揚げ日本一のバッジ 
刻む この街のプライド 
黒潮が育てた男たちのワイド 
「今日も大漁だら?」って笑う親父の背中 
不景気なんか蹴散らす この海の豊かさ 
魚河岸(うおがし)シャツ羽織り ステップ踏み鳴らす 
冷たいディグ(掘り下げ)じゃねえ、熱い血を滾(たぎ)らす!
お腹が空いたら さかなセンターでディグ 
黒はんぺんフライ ソウルフードをフリップ 
つまみなら「なると」、それかバリ勝男(カツオ)クン 
胃袋から満たす これが俺らのルール 
休みの日はアクアスやいづでチルアウト 
またはディスカバリーパークで星をカウント 
富士山を望む 小川港(こがわこう)の堤防 
夕暮れ時に黄昏れる チルな並木道(レーン) 
都会じゃ味わえない この空気の美味さ 
住んでみりゃ分かるもんで、この街の深さ

(YA-I-ZU!) 駿河の海が俺らのルーツ 
(YA-I-ZU!) 魚河岸スピリット、外さねえルーズ 
お前もそうだ? 魂を揺らせ 
この街の未来へ 声を響かせ 
冷てぇ風吹いても 心は燃えてるずら 
焼津 BLUE OCEAN、俺たちのワンダーランド!

8月になれば 血が騒ぎ出す(Yeah)
焼津荒祭り 神輿が街を舞う 
「アンエットン」の掛け声が木霊(こだま)するストリート 
老いも若きも一体化する このビート 
「そんなこと言ったって、できっこないじゃんね」 
弱音吐く奴には 「バカ言ってるだ」って 
怒られちゃうもんで、前を向いて進め 
瀬戸川の桜並木みたく 綺麗に咲き誇れ 
焼津が一番だもんで、他には譲れん 
この熱いフロウ、誰にも止められん!

温泉浸かって(やいづ黒潮温泉)疲れを癒して 
また明日から 荒波に立ち向かっていく 
これが俺たちの街、静岡県焼津市。 
いいとこだもんで、一回来てみぃな!




水揚げ金額日本一!数字が証明する「焼津の実力」

対談が始まると、担当者はまず全国主要漁港の水揚げランキングの資料を提示してくれました。

「令和6年は金額ベースで焼津が全国2位、数量ベースでは4位という結果でした。ちなみに令和7年は、水揚げで全国1位を記録しているんですよ」

誇らしげに語るその数字こそが、焼津の圧倒的な実力を証明しています。なぜ焼津がこれほどまでに高い水揚げ金額を誇るのか。その理由は、単に「たくさん魚が獲れる」からだけではありません。単価の高い「マグロ」や、冷凍・生を合わせた水揚げ量で日本一を誇る「カツオ」といった、付加価値の高い遠洋漁業の拠点だからです。

焼津の強みをさらに深く紐解くと、市内にある「3つの港」がそれぞれ見事なまでに機能の棲み分けを行っていることが分かります。

焼津港:400トン級の大型船が堂々と行き交う、遠洋漁業の巨大な基地。マグロ延縄漁船や遠洋カツオ一本釣り漁船、そして海外巻き網漁船がここに集まります。

小川(こがわ)港:サバ、アジ、イワシといった、私たちの食卓に馴染み深い沿岸・沖合の中小型魚種が中心。

大井川港:さらに小型のシラスや、駿河湾の宝石と呼ばれるサクラエビの水揚げに特化。

大型から小型、そして超小型の特産魚種に至るまで、港ごとに完璧な役割分担ができている。この重層的な構造こそが、焼津の水産業を支える確固たる基盤なのです。

焼津港、小川港、大井川港の3つの港は、各々水揚げする魚も機能も違う港となっている。

昭和のピークから半減。水産業が直面する構造的課題

しかし、そんな日本一の焼津であっても、時代の大きな荒波と無縁ではいられません。資料に目を移すと、近年の水揚げ量は年間12万〜12万5千トン前後で推移していますが、昭和61年のピーク時にはなんと30万トン規模を誇っていました。長期的には、最盛期の半分以下にまで減少しているのが厳しい現実です。

担当者は、その背景にある根深い課題を静かに語ってくださいました。 ひとつは、国際的な漁獲規制の強化や、遠洋漁業自体の縮小、それに伴う漁船や漁業者の減少です。そしてもうひとつは、私たち消費者の「魚食(ぎょしょく)の減少」です。食の欧米化や、タンパク源がお肉などへ分散したこと、さらには安価な輸入サーモンなどの台頭により、日本人が魚を食べる機会そのものが減ってきているのです。

10代の頃にアメリカへ留学し、外から「日本の価値」を客観的に見つめ直した私にとって、日本の豊かな食文化の象徴である「魚」が敬遠されていく現状は、非常に寂しく、強い危機感を覚えます。これは一地方の課題ではなく、日本全体が向き合うべき構造的な問題です。

焼津さかなセンター。焼津で水揚げされる魚を買ったり、食べたりできる市場。

「加工の集積」と「圧倒的な立地」が生む焼津のチカラ

では、焼津の未来に悲観しかないのかと言えば、決してそうではありません。むしろ、この街には逆境を跳ね返すための強力な「武器」がすでに揃っています。

焼津にこれほど多くの魚が集まる最大の理由は、港の存在だけではなく、背後に広がる「水産加工業の圧倒的な集積」にあります。「はごろもフーズ」をはじめとする大手から、地元に根差した実力派の水産加工会社、そして伝統の「黒はんぺん」を支える練り製品工場まで、獲れた魚をすぐに高い価値へと変える技術とサプライチェーンがこの街には完成しているのです。

さらに、交通の便も秀逸です。新幹線の駅こそありませんが、東名高速道路や鉄道のアクセスが非常に良く、日本の大消費地である「関東」にも「関西・中部」にも、車や物流網を使えばわずか1〜2時間程度でアクセスできます。産地と加工地、そして消費地を結ぶ奇跡的な立地条件が、焼津を日本一の座に君臨させ続けているのです。

近年では、こうした強みを活かし、民間企業による新しい挑戦も次々と始まっています。海外巻き網漁船を持つ老舗の「イチマル」さんが、自社で獲ったカツオを自ら藁焼きにして販売する直営拠点を今週末にオープンさせたり、大手卸の「丸入」さんが加工場の隣にモダンな「ハナレ」という飲食店を展開したりと、自社ブランドを国内外へ直接発信する「攻めの水産業」が加速しています。さらに、今年の3月末には漁協が合併して新生「焼津漁協」が誕生するなど、組織の近代化と経営基盤の強化も着実に進んでいます。

円安を背景としたインバウンドの波は、地方の「本物の食」を求めています。焼津のミナミマグロや極上のカツオ、駿河湾のサクラエビは、世界中の美食家を魅了するだけの爆発的なポテンシャルを秘めています。

名実ともに日本一の漁業の街・焼津が、プライドを胸に次代へ向かってどう変革していくのか。その壮大な挑戦を、私はこれからも伴走者として、全力で応援し、世界へ発信し続けていきます。

焼津港丸入商店「波なれ」

恋人の聖地~富士山に出会える海岸~

花沢の里

焼津市の情報まとめ

静岡県の中部地方に位置する、人口約13万人の都市。駿河湾に面し、古くから現在に至るまで「漁業の街」として日本の水産業をリードし続けている。冷凍カツオの水揚げ量は日本一を誇り、高級魚であるミナミマグロの拠点としても名高い。徳川家康が愛したとされる歴史的背景も持ち、広大な富士山を望む駿河湾の絶景や、水産物の魅力を五感で楽しめる観光スポットが豊富である。

産業:遠洋漁業をはじめとする水産業が基幹産業。焼津港、小川港、大井川港の3つの港があり、機能に応じた棲み分けがなされている。また、水産加工業(鰹節、缶詰、練り製品など)の集積地でもあり、一大食品工業地帯を形成している。

文化・観光:日本一の水揚げ金額を支える活気ある漁港文化が根付く。お買い物やグルメが楽しめる「焼津さかなセンター」は多くの観光客で賑わう。また、近年では漁協や民間企業が主導する、最先端の体験型・発信型の水産観光施設の整備も進んでいる。

グルメ:新鮮なマグロやカツオの刺身、香ばしい「藁焼きカツオ」が名物。また、サバやイワシの骨ごとすり身にした伝統の「黒はんぺん」や、駿河湾特産のシラス、サクラエビといった、ここでしか味わえない海の幸の宝庫である。

今回お話を伺った方

焼津市役所 水産振興課 御担当者様 日本一の漁獲金額を誇る水産の街・焼津市において、水産業の振興、漁港の整備、事業者の経営支援や人材確保など、街の基幹産業の未来を担う水産振興課の担当者。

筆者プロフィール

福本 拓元(ふくもと たくゆき) 株式会社ニホンノチカラ 代表取締役。1975年愛媛県生まれ。18歳で渡米し、異文化の中で「日本の価値」を再認識。帰国後、株式会社ユーグレナの創業に参画し、取締役として東証一部(現プライム)上場に貢献。「ミドリムシで地球を救う」活動に20年捧げた後、2025年、原点である地方創生を目指し「ニホンノチカラ」を創業。全国1,718市町村を巡り、地方の宝を発掘する「1718ニホン探索」を継続中。