「通り過ぎる街」から「選ばれる街」へ。浦添が描く、モノレール延伸と歴史再生の物語
浦添市(沖縄県)ーー1718ニホン探索(37/1,718)
首里城の前の琉球王朝の城「浦添グスク」
「1718ニホン探索」のプロジェクト、沖縄県での最初の訪問地として私が選んだのは、那覇市の北隣に位置する浦添市です。
かつてユーグレナの共同創業者として、石垣島に生産拠点を構えた私にとって、沖縄はまさに第二の故郷のような場所。しかし、今回の旅は「経営者」としてではなく、1,718すべての市町村を歩き、その土地の真の価値を発掘する「探索者」としての訪問です。
浦添市役所に足を踏み入れると、その活気に驚かされました。人口約11万6千人。那覇のベッドタウンとしてだけでなく、独自の発展を遂げようとする熱量が、職員の方々との対話からもひしひしと伝わってきました。
訪問先のオリジナルソングを作っています。ぜひブログと共にお楽しみください。
まずはここから 歴史の起点 浦添城址(ぐすく)から見下ろす街全 英祖(えいそ)に察度(さっと)、王たちの鼓動 今も石畳に残る 誇りのロード 「わったーが街」 胸を張って言うぜ 古(いにしえ)の都 風が歌ってるぜ 勢理客(じっちゃく)から屋富祖(やふそ)まで 響かす韻(ライム) 止まらねえぜ 58(ゴーパチ)流れる ネオンの川 牧港(まちなと)ブルーシール とろけるわ アイス食いながら 語り合う将来 「ゆんたく」してりゃ 悩みもどっか行(い)きよる パイプライン沿い スケボー転がし 「しに」暑い夏も 笑顔で交わし 国立劇場、伝統の舞 新旧混ざり合う この場所が最高じゃない? Oh... 照らせ 太陽の子(てだこ)の街 浦添 我らが誇れる魂 (いっぺーかなさ この街を) (にふぇーでーびる この絆を) Oh... 繋げ 過去から未来の果て 太陽(てぃだ)が昇る この場所で (ゆいまーるの精神 忘れずに) (浦添 Yeah, どこまでも高く!) キャンプ・キンザー フェンスの向こう 変わりゆく景色 それでも行こう モノレールが延伸 「てだこ浦西」 加速する進化 期待は右肩上がり 「あきさみよー」って驚くほどの変貌 でも「ちむぐくる」は 変わらぬ伝統 ハーリーの掛け声 港に響きゃ チムドンドンして 黙ってらんねえな 「ちゃーがんじゅう」でいこうぜ 兄弟 この街の未来は 「まぎー」な壮大 経塚(きょうづか)、沢岻(たくし)、内間(うちま)もアイランド どこに居たって ここがホームグラウンド 「なんくるないさ」 だけじゃない気概 浦添プライド 見せるぜ今、此処に 愛してるぜ マジで「いっぺー」 この音に乗せて 届け「でーじ」 Oh... 照らせ 太陽の子(てだこ)の街 浦添 我らが誇れる魂 (いっぺーかなさ この街を) (にふぇーでーびる この絆を) Oh... 繋げ 過去から未来の果て 太陽(てぃだ)が昇る この場所で (ゆいまーるの精神 忘れずに) (浦添 Yeah, どこまでも高く!) (Yo, 浦添の風を感じて) (古の都、未来の希望) (てだこまつりの花火のように) (高く、熱く、燃え上がれ) (U-Town Pride... Forever...) (にふぇーでーびる、浦添)
モノレールが街を創り、人が土地を繋ぐ
まず訪ねたのは、土地区画整理組合指導室です。対応してくださった職員の方に、令和元年に延伸された「ゆいレール」の終着駅、てだこ浦西駅周辺の劇的な変化について伺いました。
かつては畑や小規模な工場が点在していた18.6ヘクタールもの広大な土地が、今、一つの「新しい街」へと生まれ変わっています。驚いたのは、この事業が行政主導の用地買収ではなく、地権者たちが組織する「組合」主体で進められているという点です。
「既存のいびつな形の土地をきれいに整え、道路を配置する。地権者の方々が自らの土地を少しずつ出し合い(減歩)、未来の街のために提供しているんです」
職員の方の言葉に、私はかつてアメリカで見た、コミュニティが一体となって地域を形作る光景を思い出しました。個人の思いが、モノレールというインフラを軸に一つの大きな力となる。これこそが「ニホンノチカラ」の原点です。メイン通り沿いにはイオンスタイルやヤマダデンキといった商業施設が立ち並び、その背後には閑静な住宅街が広がる。那覇へのアクセスだけでなく、近く完成するインターチェンジによって北部への玄関口としての機能も備わる。浦添は今、沖縄の交通結節点として、その輪郭を鮮明に描き出していました。
ゆいレール始発の駅「てだこ浦西駅」
首里以前の都、浦添グスクの誇りを取り戻す
続いて私は、5階にある観光振興課を訪ねました。ここで伺ったのは、単なる利便性だけではない「浦添のアイデンティティ」に関する挑戦です。
浦添は長年、「那覇から北谷や北部へ向かう通り道の街」と言われてきました。巨大なパルコシティが誕生し、人流は生まれましたが、そこから市内の他のスポットへどう回遊してもらうかが大きな課題です。
そこで市が「グリップを握って」進めようとしているのが、浦添前田駅周辺の整備と、琉球王朝の源流とも言える「浦添グスク(城跡)」の再評価です。
「首里城に多くの観光客が訪れますが、実はそれより前の都はここ、浦添(王都)だったのです。そのストーリーをもっと伝えていきたい」
担当者の方の言葉に、私は強く共感しました。実際に浦添グスクを歩いてみると、その眺望の素晴らしさに息を呑みます。海を一望でき、守りにも適した高台。首里城のような豪華絢爛さとはまた違う、歴史の重層的な深みを感じる場所です。そこはまた、ハリウッド映画の題材にもなった沖縄戦の激戦地でもあります。琉球王朝の栄華と、戦争の悲劇。この二つの歴史が重なる場所だからこそ、私たちはここを訪れ、深く思考する価値があるのです。
市は令和10年を目指し、浦添前田駅近くに観光拠点を整備する計画を進めています。単なる行政の施設ではなく、民間の活力を導入し、ショップを併設した「滞在したくなる場所」を目指しているといいます。
浦添グスクからの眺望
独自の資源を「滞在型」へと昇華させる
探索の途中、私は「港川ステイツサイドタウン」にも足を運びました。かつての米軍住宅をリノベーションした、色彩豊かなカフェや雑貨店が並ぶエリアです。ここは民間主導で自然発生的に人気が出た場所ですが、ビジュアルの美しさだけでなく、沖縄の歩んできた歴史を肌で感じられる稀有な空間です。
ここで私が感じたのは、宿泊機能の重要性です。浦添にはまだホテルが少なく、せっかくの魅力が日帰りで終わってしまっています。私は取材の中で、福岡県太宰府市の事例を紹介しました。古民家をラグジュアリーな高級旅館に再生し、夜の需要を生み出すことで、通過型観光を滞在型へと変えた成功例です。
浦添の外人住宅や、戦前の面影を残す集落。これらを「宿泊資源」として再編集できれば、この街はもっと面白くなるはずです。
さらに、将来的に控えているキャンプ・キンザー(牧港補給地区)の返還跡地利用。パルコシティ前の海域埋め立て計画。浦添には、まだ解放されていない「力」が眠っています。
「地方発!日本再生」
私が掲げるこのミッションは、浦添のような「通過点」とされてきた街が、その歴史と利便性を武器に「目的地」へと変わるプロセスの中にあります。沖縄最初の訪問地で見せてもらった、モノレール延伸と歴史再生の物語。それは、日本全国の地方が持つ可能性を確信させるに十分なものでした。
港川ステイツサイドタウン
浦添にあるブルーシール本店
パルコシティ周辺の港湾エリアの開発も計画されている
浦添市の情報まとめ
沖縄本島中南部に位置する、人口約11万6千人の都市。かつては琉球王国の首都として栄え、現在は那覇市のベッドタウンとして発展を続けています。市内にはゆいレールの駅が延伸され、都市開発が加速しています。一方、米軍基地「キャンプ・キンザー」が大きな面積を占めており、その返還後の跡地利用に大きな期待が寄せられています。
産業:那覇港に隣接した港湾・物流機能に加え、パルコシティを筆頭とする大規模商業施設が充実。製造業や卸売業も盛んです。
文化・観光:琉球王朝の源流「浦添城跡(浦添グスク)」や、米軍住宅を再利用した「港川ステイツサイドタウン」が人気。国立劇場おきなわでは組踊などの伝統芸能を楽しめます。
グルメ:戦後沖縄のアイス文化を象徴する「ブルーシール」の本店が所在。
今回お話を伺った方
浦添市役所 職員(土地区画整理課・観光振興課の皆様)
今回の取材では、都市計画と観光という二つの側面から浦添の未来を担う現場の方々に対応いただきました。土地区画整理組合指導室のご担当者様は、地権者主体のまちづくりを技術と制度の両面から支える専門家。観光振興課の方々は、浦添グスクの歴史的価値を再編集し、新たな観光動線を創出するために奔走されています。行政の立場から、市民や民間事業者と連携して「街の誇り」を形にするプロフェッショナルたちです。
筆者プロフィール
福本 拓元(ふくもと たくゆき) 株式会社ニホンノチカラ 代表取締役。1975年愛媛県生まれ。18歳で渡米し、異文化の中で「日本の価値」を再認識。帰国後、株式会社ユーグレナの創業に参画し、取締役として東証一部(現プライム)上場に貢献。「ミドリムシで地球を救う」活動に20年捧げた後、2025年、原点である地方創生を目指し「ニホンノチカラ」を創業。全国1,718市町村を巡り、地方の宝を発掘する「1718ニホン探索」を継続中。








