全町避難の苦難を超えて――人口増加率日本一の町に宿る「ゼロからの挑戦」と復興の息吹
大熊町(福島県)ーー1718ニホン探索(87/1,718)
旧大野小学校をリノベーションした「大熊インキュベーションセンター(OIC)」
ユニークな教育方針で話題の「学び舎 ゆめの森」
大熊町の公式マスコットキャラクター
全国1,718すべての市町村を自ら巡り、地域のリーダーや熱い志を持つ方々と対談しながら、日本各地に眠る宝を発掘・発信する「1718ニホン探索」。
今回訪れたのは、第87番目の訪問地、福島県大熊町です。
大熊町と聞いて多くの方が想起するのは、2011年3月11日の東日本大震災、そして福島第一原子力発電所の事故でしょう。1号機から4号機が所在していた大熊町は、町民居住エリアの約96%が帰還困難区域に指定され、全町避難というあまりに過酷な苦難の歴史を歩んできました。
しかし、2019年に一部エリアで避難指示が解除されてから数年。現在の登録住民約9,700人に対し、実際に居住している人口は約1,700人にまで回復しています。驚くべきは、その居住者の約66%が震災後に新しくやってきた移住者や事業関係者であるという点です。なんと昨年は、人口増加率で全国トップを記録しました。
未曾有の災禍から立ち上がり、今まさに新しい街の輪郭を描き出している大熊町。その最前線で何が起きているのか。大熊町役場で産業振興や環境政策を担うゼロカーボン推進課のご担当者様にお話を伺い、さらに町の挑戦の象徴である「大熊インキュベーションセンター(OIC)」を訪ねました。
訪問先のオリジナルソングを作っています。ぜひブログと共にお楽しみください。
浜通りから響かす声 止まった時計を動かす時 ゼロからイチへ 踏み出す一歩 ここが大熊 俺らの居場所 2011 あの日から一変 全町避難 背負った試練 離れ離れになっても消えねえ絆 忘れちゃいねえぜ ふるさとの庭 9700の登録 戻った1600 数字じゃ測れねえ 熱い体温 「んだがらさ」って笑い合い 「おらほの町」ば作っぺ、今に 坂下ダムの風が背中を押す 梨とキウイの実る大地を耕す 立ち止まんねえべ 大熊のプライド 全国トップ 80%のネクストステップ OICから湧き出すアイディア ゆめの森で響く 子どもらの歓声(こえ)だ 「がんばっぺ」じゃ足りねえ 楽しんでいくべ 新しい風吹く この街の未来へ 旧大野小が生まれ変わるラボ OIC 集う チャレンジャーの鼓動 枠を飛び越え 新規事業 起業家たちの夢がクロスロード 「学び舎 ゆめの森」 描くキャンバス 0歳から15歳 育てる明日 「んだべ」「いづまでも下向いてらんにぇ」 困難を糧に 希望咲かす街へ 帰還と移住が交差するスクエア ここから世界へ響かすプレイヤー 立ち止まんねえべ 大熊のプライド 全国トップ 80%のネクストステップ OICから湧き出すアイディア ゆめの森で響く 子どもらの歓声(こえ)だ 「がんばっぺ」じゃ足りねえ 楽しんでいくべ 新しい風吹く この街の未来へ 傷跡を強さに変えてくストーリー 大熊町から放つグローリー まだまだここから始まんだ みんなで一緒に 行ぐべ、前へ。
「ゼロからの街づくり」が引き寄せる新たな住民と教育の熱気
常磐自動車道の大熊インターチェンジを降りると、静かな緑が広がっていました。役場へ向かい、産業振興やゼロカーボン政策を担うゼロカーボン推進課のご担当者の方に対面しました。
まず驚かされたのは、街の再生に向けた圧倒的な推進スピードと、それに伴う人のダイナミズムです。 大熊町では、かつての中心部であった駅前周辺と、新しく役場が置かれた大川原地区を二大拠点として大規模な開発が進められています。公設の賃貸住宅は常に満室で、空きが出れば抽選になるほどの人気ぶり。駅前には28社が入居する近代的な公営オフィスビルや公設民営の商業施設「くまSUNテラス」、さらには大型ホテルや社会教育複合施設の整備も進んでいます。また、令和12年には県立大野病院が県立医大付属病院として再建される予定で、医療体制の復旧も着実に進んでいます。
そして何より、全国から移住者を惹きつけている大きな要因が、2023年に開校した義務教育学校「学び舎 ゆめの森」です。
「教室という固定の壁を作らず、0歳から15歳までがフラットな空間でシームレスに学ぶ」という極めて先進的な教育方針を掲げるこの学校。当初は数名からスタートした生徒数が、今や約120〜150人にまで急増しています。東京・世田谷や京都など、遠方から「この環境で子どもを学ばせたい」と移住してくる子育て世代が後を絶ちません。
一度すべてが失われてしまったからこそ、既存のしがらみに囚われず、日本で最も尖った教育環境を一から創り出す。その町の強い覚悟が、確実に人を呼び寄せる原動力になっていました。
大野駅西口再開発エリア。オフィスビルや商業施設(くまSUNテラス)があり、今後、病院、ホテルも建設予定。
環境と産業の共生、そして旧小学校から生まれるイノベーション
産業面でも、大熊町の戦略は明快です。 福島県内で2番目となる「ゼロカーボン宣言」を行い、環境共生型の街づくりを推進。西工業団地にはトヨタ自動車などを中心とした植物性バイオエタノールの実証プラントが進出し、住宅地から離れた中央工業団地と役割を明確に分けながら企業誘致が進められています。
役場での対話の後、私は町の大熊インキュベーションセンター(OIC)へと足を運びました。 ここは旧大野小学校の校舎をリノベーションして誕生したスタートアップ・新産業創出の拠点です。案内してくださったのは、インキュベーションマネージャーの黒田敦史さん(ビジネスゲートウェイ株式会社 Founder/取締役)。
現在、OICには約160社もの企業が登録しています。廃校になった学び舎を活用し、大学の研究拠点という構想からスタートしたこの場所には、農業、ドローン、再生可能エネルギーなど多種多様なベンチャーが集まり始めています。
現場では、黒田さんと行政の間で「どうすれば単なる登記上の登録にとどまらず、実際に現地で汗を流し、働く人を増やせるか」という熱い議論が交わされていました。黒田さんが提案する「少量生産やテストマーケティングができる貸工場の整備」というアイデアは、私自身がユーグレナ創業期にゼロから製造・培養ラインの確保に奔走した経験からも、ベンチャーにとって喉から手が出るほど欲しい機能だと強く共感しました。
行政側の「公金を投じる以上、確実なニーズの裏付けとデータが必要である」という堅実な視点と、現場の「環境を先に作らなければプレイヤーは集まらない」という起業家精神。この両者が本気でぶつかり合い、対話を重ねている姿そのものに、大熊町の復興が本物であるという確信を持ちました。
旧大野小学校をリノベーションして活用した「大熊インキュベーションセンター(OIC)」の内部。
訪問を終えて:不屈のフロンティアに見た「ニホンノチカラ」
大熊町には、今なお広大な帰還困難区域が残り、中間貯蔵施設を巡る課題など、国全体で向き合い続けなければならない重い現実が存在します。
しかし、現地で目にしたのは、決して過去の悲劇に立ち尽くす姿ではありませんでした。 何もないゼロの地点から、日本で一番面白い学校を作り、新しい産業を興し、全国から挑戦者たちを呼び込む――そこには、日本のどの地域よりも前を向き、未来を切り拓こうとする力強いフロンティアスピリットが満ち溢れていました。
アメリカ留学を経て帰国後、車で全国を巡る中で痛感した「地方の可能性と課題」。そしてユーグレナ時代に幾多の絶望的な危機を乗り越えてきた自らの原体験と重ね合わせ、私は大熊町の皆さんの不屈の挑戦に深く心を揺さぶられました。
ゼロから立ち上がる大熊町の挑戦は、課題先進国・日本の未来を照らす希望の光です。この町に宿る熱いチカラを、これからも全力で応援し、発信し続けていきます。
ベンチャー、大企業含めた企業誘致が急速に進んでいる大熊町。
大熊町の情報まとめ
福島県浜通り地方の中央部に位置する、人口約1,700人(住民登録約9,700人)の町。東日本大震災および福島第一原発事故により全町避難を余儀なくされたが、2019年の一部避難指示解除以降、力強い復興と街の再建が進む。先進的な教育施設「学び舎 ゆめの森」や大熊インキュベーションセンター(OIC)を核に全国から移住者や起業家が集まり、近年は人口増加率全国トップを記録するなど注目を集めている。
産業: ゼロカーボン先進地を目指す環境共生産業、先端バイオエタノール実証プラント、企業誘致を進める西・中央工業団地、ICT・スタートアップ支援、先端技術を活用した農業再生(ネクサスファーム等)。
文化・観光: 旧小学校を活用した大熊インキュベーションセンター(OIC)、駅前産業交流施設、商業施設「くまSUNテラス」、坂下ダムの自然景観、大熊インター周辺の道の駅整備構想。
グルメ: 復興のシンボルとして栽培される高糖度イチゴ、地場産農産物、浜通りの豊かな海の幸や地元食材を活かした地域連携グルメ。
今回お話を伺った方
大熊町役場 ゼロカーボン推進課ご担当者様 大熊町出身。震災前の町の姿を知る当事者として、震災・全町避難を経て役場職員として町の復興行政に尽力。ゼロカーボン推進課にて、県内2番目となるゼロカーボン宣言に基づく環境政策や産業振興、旧小学校を活用した大熊インキュベーションセンター(OIC)の立ち上げ・運営管理など、町の未来を創るプロジェクトを幅広く担当している。
黒田 敦史(くろだ あつし)氏 ビジネスゲートウェイ株式会社 Founder / 取締役。大熊インキュベーションセンター(OIC)インキュベーションマネージャー。大手コンサルティングファーム等を経て起業。大熊町の旧小学校校舎を活用したインキュベーション施設の運営を統括し、町内外のスタートアップ支援や新規事業開発、起業家コミュニティの形成に尽力している。
筆者プロフィール
福本 拓元(ふくもと たくゆき) 株式会社ニホンノチカラ 代表取締役。1975年愛媛県生まれ。18歳で渡米し、異文化の中で「日本の価値」を再認識。帰国後、株式会社ユーグレナの創業に参画し、取締役として東証一部(現プライム)上場に貢献。「ミドリムシで地球を救う」活動に20年捧げた後、2025年、原点である地方創生を目指し「ニホンノチカラ」を創業。全国1,718市町村を巡り、地方の宝を発掘する「1718ニホン探索」を継続中。















