「対話・挑戦・失敗」が創る新しい地方自治の形。日本で2番目に小さな町・奈良県三宅町の大きな挑戦
三宅町(奈良県)ーー1718ニホン探索(101/1,718)
奈良県三宅町森田浩司町長(右)
101ヶ所目の訪問地として私が自らハンドルを握り足を運んだのは、奈良県三宅町です。面積わずか4.06平方キロメートル、人口約6,000人。端から端まで歩いても20〜30分という日本で2番目に小さなこの町で、私は途轍もなく大きな熱量に出会いました。
今回は、32歳という若さで当時全国で2番目の若さの町長として初当選を果たし、現在は3期目(11年目)を迎える森田浩司町長と対談させていただきました。
訪問先のオリジナルソングを作っています。ぜひブログと共にお楽しみください。
Yeah, Miyake、スモールタウンから全国へ デカい夢をポケットにつめこんで チェックディスアウト、マイメン! 日本で2番目に小さなマップ だけどハートはデカくてアップ 1500年前、朝廷へ捧げた 黄金の稲穂、歴史が息づくデカい舞台だ そこから時は流れ、刻んだレザーの鼓動 グローブにスパイク、職人の手が生んだストーリー 型にはまらない、けど革(かわ)なす誇り 今じゃ端材も活かすリメイクの技が光る 米ぬか靴下、足元からハッピー 「住もうる」この街、笑顔がラッキー そうさ、MiiMoに集うクロスロード 対話から始まる、挑戦というロード 失敗なんて恐れんな、バリューサイクル回せ 三宅チャレンジ、未来へとかませ! 自分らしく、ハッピーに、スモールタウン 俺たちの誇り、Miyake、マイホームタウン 「なんがし」「ほうで」って、あたたかい方言 交わす言葉のなかに見え隠れするロマン おじゃみ(お手玉)のルーツ、歴史の足跡たどり 小さな一歩が、デカい未来を創り おんもに出てみれば、みんながトモダチ お互いさまの精神、心にしっかりと刻み 歴史と最先端、クロスオーバーするストリート イノベーティブな風が吹く、このディストリクト そうさ、MiiMoに集うクロスロード 対話から始まる、挑戦というロード 失敗なんて恐れんな、バリューサイクル回せ 三宅チャレンジ、未来へとかませ! 自分らしく、ハッピーに、スモールタウン 俺たちの誇り、Miyake、マイホームタウン でっかい空、どこまでも続くテリトリー 僕らのステップが、新しいヒストリー 一人ひとりが主役のこの場所で 手と手を取り合い、明日へテイクオフ! そうさ、MiiMoに集うクロスロード 対話から始まる、挑戦というロード 失敗なんて恐れんな、バリューサイクル回せ 三宅チャレンジ、未来へとかませ! 自分らしく、ハッピーに、スモールタウン 俺たちの誇り、Miyake、マイホームタウン Yeah, 三宅町 ここからハッピー広げるぜ ピースアウト!
「根拠のない自信」で現場から首長へ
森田町長の経歴は、いわゆるエリート街道とは全く無縁の、現場叩き上げの非常にユニークなものです。大学卒業後、就職活動をせずに土木作業員として道路を掘り、その後も国会議員秘書、香芝市のごみ収集作業員、生協の配達員と、泥臭く現場で汗を流してこられました。
政治を志したきっかけも痛快です。町民グラウンドに突如、若者支援という名目で数百万の税金が注ぎ込まれた「恋人の聖地」の鐘が建てられたことへの強烈な違和感。「外から文句を言っているだけでは変わらない」と自ら町議会議員選挙に飛び込みました。さらに、就任わずか1年後には、無投票で決まりかけていた現職相手の町長選への出馬を決意します。地域を回る中で出会った二人のおばあさんから、「このままでは町が見放される」と泣きながら手を取られたことが、彼の心を動かしました。
「無職になっても何とかなる」という氏の“根拠のない自信”は、私が若い頃に単身アメリカへ渡り、煙突登りの危険なアルバイトをしてまで自力で道を切り開いた経験や、ユーグレナ創業時の先の見えないベンチャーに飛び込んだあの頃の自分と強く重なりました。既得権益を恐れず、住民の切実な声に応えるためにリスクを取る姿勢こそが、今の地方創生に最も必要なリーダーシップです。
「恋人の聖地」が作られた三宅町中央公園
かつて聖徳太子が座ったとされる石
行政の行動指針に「失敗」を掲げるベンチャーマインド
森田町長が町政の軸に据え、私が最も感銘を受けたのが「対話・挑戦・失敗」という3つのバリューです。行政が「失敗」を行動指針に掲げるなど、通常ではあり得ません。
しかし、これには明確な理由がありました。職員からの「町長は挑戦しろと言うが、失敗して怒られるのは自分たちだ」という切実な声です。前例踏襲が是とされる行政において、失敗を許容する文化がなければ本当の挑戦は生まれません。町長が約5年間ブレずにこの方針を掲げ続けた結果、今では管理職自らが部下の挑戦を後押しし、町民までもが「役場が失敗するのだから、自分たちもやってみよう」と行動を変え始めているそうです。
対談の中で、私はユーグレナを共に創業した出雲が度々話す言葉を思い出しました。「挑戦して失敗を重ねても、あきらめずに継続していけば成功確率は少しずつ上がり、499回目で成功確率が99.9%になる」。対話・挑戦・失敗のサイクルを恐れず回し続けることこそが、確実な成功へと繋がるのです。住民の小さな挑戦を可視化する「MIYAKE CHALLENGE 100」という町の取り組みも、このサイクルを町全体に根付かせる見事な仕掛けでした。
ビジョンを象徴する交流まちづくりセンター「MiiMo(みぃも)」
MiiMo館内壁面に書かれた「MIYAKE CHALLENGE 100」
100年の歴史を誇るグローブ産業と「隠れた宝」
対談の前後で町内をくまなく視察しました。ここは大和朝廷の直轄農地「屯倉(みやけ)」に由来し、町内の至る所に古墳が点在する歴史ある土地です。同時に、大正11年から100年以上続く、野球グローブの生産地でもあります。最盛期には世界シェアの多くを担っていたこの町には、今も確かな職人技が息づいています。
今回はアポなしの飛び込みで、「吉川清商店」さん、「大和グラブ工房」さん、スパイクの「ジャガーズ創工」さん、米ぬかを使ったイノベーティブな靴下を手掛ける「鈴木靴下」さんなどの地場企業を訪問し、快く取材を受けていただきました。中でも、グローブの端材を活用してエコな革小物製品ブランド「JINTO」を展開する「JINRIKI JAPAN」さんでは、75歳以上の元グラブ職人たちが圧倒的なスピードで生き生きと働く姿に感銘を受けました。職人たちの手が早すぎて、端材の供給が追いつかないという嬉しい悲鳴も聞こえてきたほどです。
こうした地方の素晴らしい技術や情熱、すなわち「隠れた宝」を発掘し、世界に発信していくこと。それこそが、私が「株式会社ニホンノチカラ」を通じて成し遂げたい使命だと改めて実感しました。
吉川清商店のグローブ
ジャガーズ創工のスパイク
古民家をリノベーションしたJINRIKI JAPAN。グローブ端材を再利用した革小物製品ブランド「JINTO」を販売。
米ぬかを使用した素材で作った靴下を販売する「鈴木靴下」。イノベーティブな製品でメディアでも話題の企業。
「賞味期限」を自覚し、次世代へバトンを渡す
町民との徹底した対話から生まれた交流拠点「MiiMo」は、まさに町のチャレンジャーたちが集う希望の場所となっていました。この施設は、機能や大きさを決める段階だけで2〜3年をかけ、町民と対話を重ねて作られました。利用料を有料にするか無料にするかという議論でも、世代や立場の違う住民同士の対話から「第三の答え」を見つけ出したと言います。
「首長という仕事には賞味期限がある。いずれ、今育っている若者たちが町長選に出てくるのが楽しみです。」
そう爽やかに笑う森田町長の姿に、私は大きな希望を見ました。日本で2番目に小さな町は今、日本再生のための力強いバリューサイクルを回しています。これからの三宅町から、どんなチャレンジャーが生まれるのか楽しみでなりません。取材にご協力いただいた三宅町の皆様、森田町長、本当にありがとうございました。
取材日:2026年10月20日(火)
1500年前に大和朝廷へ捧げる米を作っていたこの地は、今も米の生産が豊富
歴史あるこの地には多くの古墳が残っている。
三宅町の情報まとめ
奈良県の北西部に位置する、人口約6,000人の町。日本で2番目に小さい自治体でありながら、大和朝廷の直轄農地「屯倉(みやけ)」に由来する深い歴史を持ち、聖徳太子が屏風を立てておもてなしを受けたという逸話も残る。
産業:大正11年から100年以上続く野球グローブ・スパイクの製造が盛ん。最盛期には世界向け輸出の多くを担い、現在も高度な職人技が息づく。近年は端材を活用した革小物製品など、エコで革新的なビジネスも生まれている。
文化・観光:町内全域に古墳が点在し、歴史的史跡がコンパクトにまとまっている。住民との対話で生まれた交流拠点「MiiMo」が、町民の新たな活動の場となっている。
グルメ:大和川沿いの肥沃な土地を生かし、日本という国ができる前から営々と稲作が続けられており、豊かな食文化を支えている。
今回お話を伺った方
三宅町 町長 森田浩司(もりたこうじ)氏 1984年生まれ、奈良県三宅町出身。大学卒業後、土木作業員、国会議員秘書、香芝市のごみ収集作業員、生協の配達員など現場を中心とした多様な職業を経験。31歳で三宅町議会議員に就任し、翌年、当時全国で2番目に若い32歳で町長に初当選。現在3期目。「対話・挑戦・失敗」を町のバリューに掲げ、民間プロボノ人材の積極登用や住民共創による施設づくりなど、常識にとらわれないアグレッシブなまちづくりを牽引している。
筆者プロフィール
福本 拓元(ふくもと たくゆき) 株式会社ニホンノチカラ 代表取締役。1975年愛媛県新居浜市生まれ。高校卒業後に渡米し、University of Central Oklahoma へ入学。帰国後、株式会社ハイクロレラ(現エポラ)専務取締役として西日本を中心に営業活動に従事し、地方の課題と可能性を肌で知る。2005年8月、株式会社ユーグレナに共同創業者3人の一人として参画。取締役事業統括責任者として事業の立ち上げとマーケティング全般を管掌し、東証マザーズ・東証一部(現プライム)上場を果たす。創業20年・自身50歳の節目となる2025年11月、「地方発、日本再生!」をミッションに株式会社ニホンノチカラを設立し、全国1,718市町村を自らの足で巡る「1718ニホン探索」を開始。現在、株式会社ユーグレナ共同創業者/顧問、愛媛県新居浜市戦略アドバイザーなども務める。日本マーケティング大賞 第7回奨励賞受賞。
YouTube :@nihonnochikara1718
X(旧Twitter):@nihonnochika
















